【WRブルーの恋物語】BRZの助手席で、もう一度恋をした

夕暮れの街を、WRブルー・パールのBRZが走っていた。
助手席には、三年ぶりに会った彼女がいる。
「なんだか、懐かしいね」
彼女が窓の外を眺めながら言った。
「何が?」
「こうやって、隣に座るの」
僕は小さく笑った。
「そうだな」
アクセルを少しだけ踏み込む。
水平対向エンジンの低い鼓動が車内に響き
青いボディが夕暮れの街を滑っていく。
三年前、僕たちは同じ道を走っていた。
あの頃は、これから先もずっと一緒にいるものだと思っていた。
好きだと言うことも、
また会えることも、
約束なんて必要ないくらい当たり前だった。
あの日までは。
大学を卒業して、僕は遠くの街へ就職することになった。
離れて暮らすことになっても、きっと大丈夫だと思っていた。
最初のうちは、電話もした。
仕事が終わってからくだらない話をした。
休みの日には、次に会える日を決めた。
けれど、新しい生活が始まると少しずつ余裕がなくなっていった。
連絡が一日遅れ、
二日遅れ、
気づけば、こちらから電話をかけることも少なくなっていた。
彼女も何も言わなかった。
僕も、何も聞かなかった。
嫌いになったわけじゃない。
何か大きな出来事があったわけでもない。
ただ、言葉にしなかったことが
少しずつ二人の間に積もっていった。
そして、いつの間にか三年が過ぎていた。
「ねえ」
彼女が小さな声で呼ぶ。
「ん?」
「あの海、まだ覚えてる?」
前方に続く道の先に、夕日に染まった海が見えていた。
「覚えてるよ」
僕はそう答えた。
初めて二人でドライブした日のことを
今でも覚えている。
彼女は助手席で眠ってしまった。
起こすのがもったいなくて
僕は海沿いの駐車場に車を止めたまま
しばらく彼女の寝顔を眺めていた。
一時間ほどして、彼女が目を覚ました。
「寝顔見てた?」
そう言って笑った顔まで、はっきり覚えている。
あのとき僕は、言えなかった。
――ずっと好きだった、と。
海沿いの道に入る。
空はいつの間にか深い青へと変わっていた。
街灯がフロントガラスを流れていく。
WRブルー・パールのボディに光が映り
夜の中を一台だけ青い星が走っているようだった。
「綺麗だね」
「うん」
「車も?」
「……そっち?」
「ふふ」
二人で笑った。
その笑い声が、三年間の空白を少しずつ埋めていくような気がした。
やがて、海の見える展望台にBRZを止める。
エンジンを切る。
さっきまで響いていた水平対向エンジンの鼓動が消えると
車内は驚くほど静かになった。

「ねえ」
彼女が前を向いたまま言った。
「私、あのときね……本当は、行ってほしくなかった」
胸の奥が、わずかに痛んだ。
「……うん」
「でも、あなたの夢を邪魔したくなかったから。大丈夫って言った」
僕は何も言えなかった。
「だから、あなたも何も言わなかった」
彼女が小さく笑う。
「お互い、勝手に相手のことを考えてたんだね」
ハンドルに置いた手に、少し力が入った。
「……そうだな」
あのとき、あと一言だけでも本音を言えていたら。
そんなことを考えても、過ぎた時間は戻らない。
窓の外では、海が月明かりを静かに揺らしている。
「でもね」
彼女がこちらを見る。
「今日、もう一度会えてよかった」
その言葉を聞いた瞬間、
三年間ずっと胸の奥にしまっていたものが、静かに溢れた。
「僕は……ずっと後悔してた」
「うん」
「もっとちゃんと話せばよかったって」
彼女は黙って僕を見つめている。
「離れてからも、君のことを忘れられなかった」
彼女は少しだけ目を伏せた。
僕は一度、息を吐いた。
そして、今度こそ目を逸らさなかった。
「だから今度は、ちゃんと言う」
「……うん」
「好きだ。今でも」
彼女の瞳に涙が浮かんだ。
そして、泣きながら笑った。
「遅いよ」
「……ごめん」
「本当に遅い」
そう言いながら、彼女は僕の手にそっと自分の手を重ねた。
その温もりは、三年前と変わらなかった。
「でも……今度は、私も言う」
彼女の指が、僕の指に絡む。
「私も好き」
窓の外には、青い夜が広がっていた。
しばらく、僕たちは何も言わなかった。
ただ、重なった手の温もりを感じながら
静かな海を眺めていた。
やがて僕は彼女の手をそっと離し
ステアリングを握った。
「帰ろうか」
「うん」
エンジンをかける。
水平対向エンジンが目を覚まし
BRZが静かに走り出した。
「どこ行くの?」
「決めてない」
「じゃあ、遠くまで行こうよ」
「明日、仕事は?」
「……忘れてた」
「ふふ」
二人で笑った。
海沿いの道を、青いBRZが走っていく。
過ぎ去った三年間を取り戻すことはできない。
あの頃の二人に戻ることも、きっとできない。
それでも、これから先の時間なら、もう一度二人で選んでいける。
僕はアクセルをゆっくり踏み込んだ。
夜の向こうへ、青い車が走っていく。
青い車と、青い夜。
そして、その隣には、もう二度と離したくない人がいる。
それだけで、これから向かう先は、どこだってきっと美しい。
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