【Drive Story】深夜のイカ釣り遠征、愛車BRZが教えてくれた男のロマン
土曜日の夜十一時。
五十四歳になったばかりのその男は、
月曜の仕事のことなど頭の片隅にも置かず
ガレージのシャッターを静かに開けた。

そこに佇むのは、
クリスタルホワイト・パールに輝く愛車
スバルBRZ。
月明かりに照らされたボディは、
まるで氷細工のように白く冴え渡っている。
「よし、行くか」
トランクには釣竿とイカエギ
そしてクーラーボックス。
正直、
BRZのトランクはお世辞にも広いとは言えない。

荷物を積むたびに
「もう少しファミリーカーにしておけば」
と妻に言われるが、
そんな言葉は聞こえないふりをする。
効率より
ときめきを選ぶのが五十代の特権というものだ。

エンジンをかけると
水平対向エンジン特有の
「ボコボコッ」という鼓動が腹の底に響く。
この音を聞くだけで、
日々の面倒な人間関係も
山積みの仕事のことも
すべてが遠い記憶になっていく。
低く沈み込むようなシート位置
路面と一体化する感覚。
まるで日常の自分を脱ぎ捨て、
ただの「クルマ好きの人間」に戻れる瞬間だ。

高速道路に乗ると、
BRZは本領を発揮する。
カーブが連続する山道区間では
車体がスッと吸い付くように曲がっていく。
ハンドルを切った分だけ
まるで自分の意志がそのまま車に伝わるかのような一体感。
隣を走るミニバンが揺れながらカーブを抜けていくのを横目に
思わずニヤリとした。
「これだから、スポーツカーはやめられん」

深夜二時、ようやく港に到着。
堤防にはすでに数人の常連らしき釣り人たちが竿を並べている。
駐車場に停めたBRZのクリスタルホワイトが常夜灯に照らされ、
まるで真珠のように光る。
隣に停まっていた軽トラの主が
「兄ちゃん、ええ車乗っとるなぁ」
と声をかけてきた。
内心ガッツポーズ。
「いやぁ、まあ、ちょっとした遊び道具ですよ」
と謙遜しながらも
口元は緩みっぱなしだ。

イカ釣りの結果は……
お世辞にも大漁とは言えず、
釣れたのはイカ四杯のみ。
だが、そんなことはどうでもいい。
帰りの運転こそが
今日のメインイベントなのだから。

朝焼けの中、
海岸線をなぞるように走るBRZ。
窓を開けると潮風とエンジン音が混ざり合い
なんとも言えない爽快感が全身を包む。
信号待ちで隣に並んだ若者が羨望の眼差しを向けてくる。
「くっ、まだまだ若い者には負けん」
と心の中でつぶやきながら、
アクセルを軽く踏み込んだ。

イカは四杯しか釣れなかったけれど、
心はしっかり満タンになった一日だった。
※この物語はフィクションです。画像もすべてイメージです。
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